(つづき)
1.都知事選、東国原出る!
日本維新の会からの衆院選は見送り
石原慎太郎は猪瀬直樹副知事を指名
朝日新聞「中国を挑発するように『シナ』と呼び…」
都庁女性職員「中国のことをシナと呼ぶような時代錯誤な人」
のつづき
真実は、「中国」「中華」「中共」が差別語であり、「支那」「シナ」が正しい。
支那人の伝統的な文明観は「中華主義」というやつで、これを「華夷秩序」と言う。
これは差別そのものだ。
中華主義」「華夷秩序」という差別文明観を取り込んだ「中国」という国名を認めて使用することは、満州やモンゴルや東トルキスタンやチベットやベトナムや台湾や日本や朝鮮などの周辺諸国を「野蛮な種族の地」と認めて呼ぶことを意味する。
また、「支那」という言葉(表記)は、大昔からあった。
「支那」という表記を発明したのは古代シナ人だった。
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"支那"原是"Cina" 的音譯,是古代印度対古代中国的称呼,最早出現在梵文佛経中。梵文Cina進入不同的語言中,其読音変化不大,譯音是"China"、"支那"、"脂那"、"至那"或"震旦"。1999年5月7日付けの「人民日報、支那源流考」
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中国でも仏典や、「宋史」などに支那という語が使われているそうだ。北京かわら版 1999年3月 第90号 雑学 中国を繙く24「支那」は本当に悪くない言葉か(1) 櫻井澄夫(元JCB北京事務所所長)
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(参考)
まず、「シナ」の語源ですが、支那史上最初の統一帝国「秦」(チン Ch'in 前221-207)から来ています。
この「チン」(秦)がインド(サンス クリット語)に伝わり、「チーナ」(Cina)・「ティン」(Thin)となり、更にヨーロッパへ伝わり、「シーヌ」(Chine 仏語)・「チャイナ」(China 英語)と変化していった訳です。
そして、戦前の日本で広く使用された「支那」もこれと同様で、梵語(サンスクリット語)の「チーナ」がインドの仏典と 一緒に支那に逆輸入されたもので支那人自身が「支那」・「脂那」と表記したのが起源です。
つまり、支那側が侮蔑用語としている「支那」の表記は、支那自身が編み出したもので、日本人は中世以来終戦までそれを借用していたに過ぎないのです。
また、日本人が使用していた「支那」が侮蔑用語だというならば、「シーヌ」も「チャイナ」も侮蔑用語となる訳で(語源は全て同じなのだから)、支那が自国の英語表記を「People's Republic of China」(支那人民共和国)とする事自体矛盾している訳です。
「中国」の呼称に潜む真の意味について書いてみようと思います。
支那の現国名「中華人民共和国」の「中華」ですが、この中の「華」とは古代支那の王朝「夏」が起源で、「中夏」とも書かれました。
そして、「中国」・「中華」の「中」とは、「世界 の中心」を意味しており、「中華」とは、「世界の中心である夏(華)」と言った意味なのです。
そして、この「中国」・「中華」とは裏を返せば、支那周辺の国々は「野蛮で非文化的な未開な地」と言う意味も込められています。
これが「中華思想」と呼ばれるもので、支那の周辺国は方角によって、東夷・西戎・南蛮・北狄と呼ばれました。
勿論、私たちが住む日本も例外ではありません。
「邪馬台国」や「女王卑弥呼」で有名な「魏志倭人伝」も、正式には「魏志東夷伝倭人条」と言います。
つまり元来、日本人が支那の事を「中国」と呼ぶ のは大義名分からしても不自然な訳で(あの「広辞苑」にもそう書かれています)、支那側が自国の呼称としている「中国」(及び「中華」)は、逆の意味で「支那」以上に侮蔑用語なのです。
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さらに20世紀に、支那の「国父」といわれる英雄「孫文」も日本に入国した時、国籍は「支那」と書いていた。


孫文「支那革命」
支那が日本に、「中国と呼べ」と言って来たのは、終戦の翌年1946年だった。
米国のお蔭で「戦勝国?」となった国民政府(蒋介石)が、占領統治で主権のなかった日本に対して要求したのだ。
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「日本では敗戦直後の1946年に中華民国からの要望により、支那を中国と呼ぶように外務省から通達が出され、公務員が公務を行っている時のみは支那を使うことや公共電波での支那呼称は禁止されている(当時の外務省局長級通達による)。
ただし、上記通達で禁止されているのは「国名としての『支那』」呼称のみであり、歴史的・地理的および学術的呼称の場合は必ずしも従う必要はない。
上記通達でも「東シナ海」「支那事変(日支事変)」などの名はやむを得ないとされている(現実には支那事変は日中戦争に取って代わられた)。」
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支那人が、「中華人民共和国」や「中国」と呼べと言っている相手は、日本以外にあるのか?
日本以外の国は、「チャイナ」や「シーヌ」や「シーナ」で良くて、日本だけに「シナ」から「中国」に変更しろと言ってるのではないのか?
「支那」「シナ」は差別語や侮蔑語などではなく、「シーナ」(オランダ語、ポルトガル語)や「チーナ」(サンスクリット語)や「チャイナ」(英語)と同じだ。
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梵語(サンスクリット語)
チーナ,ティン
漢訳仏典
支那,脂那,チナ
フランス語
ラ・シーヌ
英語
チャイナ
ドイツ語
ヒーナ
イタリア語
ラ・チーナ
スペイン語
チナ
オランダ語
シーナ
ポルトガル語
シーナ
日本語
支那,シナ
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「支那」は世界の共通語
【私の正名論】評論家・呉智英
2008.5.14,産経新聞
必ずや名を正さんか。孔子の言(げん)だ。名は言葉。言葉が正しくないと社会も文化も混乱してしまう。迂遠(うえん)なようでもまず名(ことば)を正す(正名)のがすべての基本である。
その孔子の故国に批判が噴出している。農薬まみれの野菜、毒入りギョーザ、少数民族抑圧、過剰な愛国主義…。批判も当然。私はこれに同調する。しかしまず名を正すべきだと思う。
昨夏、中国食品という会社が倒産した。健全な経営の食品会社であったが、農薬汚染食品の輸入会社だと誤解されて製品が売れなくなったのだ。この会社は広島にある。社名が中国食品で何の不思議もない。中国放送、中国新聞、中国電力、中国ガス、中国銀行…これらは全部日本の中国にあって、支那にあるわけではない。知名度の高いこれら公共企業であれば特に誤解も起きないが、それ以外の、岡山や広島や山口など中国にある中国何々といった会社や団体がみんな迷惑している。中国は「中国」、支那は「支那」とすれば、こんな混乱は起きるはずはない。中国食品も倒産などせずにすんだのだ。
この混乱の責任はどこにあるのか。第一に「中国」を日本に対してだけ強要する支那。第二に、この異常な主張に諾々として従い、言論機関にこれを強制した昭和二十一年当時の外務省。第三に、この言論抑圧に屈するのみならず、これをなにか「民主的な」改革だと正反対に勘違いしている自称良識人たち。この三つが連動して混乱をもたらしているのである。
詳論しよう。
まず第一の点。「支那」禁止は理不尽な言いがかりである。「支那」という言葉は最初の統一王朝の「秦」に由来し、世界中でその近似音で支那を呼んでいる。支那人自身が支那を「支那」と呼んだ記録もあり、清朝の公的文書にも「支那」は出てくる。しかし、かつての朝貢国である日本には自分たちを世界の真ん中にある国「中国」と呼ばせたいのである。
第二の点。「支那」が抹殺されたのは、戦後の混乱期である昭和二十一年六月の外務省次官・局長通達による。支那は形式上アメリカを中心とする連合国の一員であり、日本に対して戦勝国である。その力関係を背景に「中国」を強要してきた。外務省は従順にそれを受け入れ、各言論・報道機関に「支那」を禁止し「中国」を使うように通達を発した。その中にこんな文言がある。「今度は理屈抜きにして先方の嫌がる文字を使はぬ様に」。占領下では、正当な理屈さえ禁じられていたのである。
第三の点。明白な言論弾圧を、自称良識人たちは、侵略戦争への反省や民族差別解消の名目で歓迎した。二十世紀末まで支那を植民地支配していたイギリスでもポルトガルでも「チャイナ」「シーナ」と呼んでいることを知らないふりで。また「中国」が差別的な自国中心主義を意味することも知らないふりで。そもそも外務省通達の存在を、これは本当に知らないのである。
私は四十年前の全共闘の学生だった頃からこの不合理を批判し、支那は「支那」だと言い続けてきた。最近やっと「支那」解禁の動きが出てきた。六十二年前の言論抑圧通達は無効だと外務大臣に言わせる議員はいないのだろうか。
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