(つづき)
1.自殺練習は仰向け落下姿勢!
他殺の裏付けとなる目撃証言「窓を背にして立ち、窓枠を両手で持った状態で、外へ向けて上半身を反り返らせるような姿勢をとらされていた」
自殺ではなく他殺か自殺練習中の事故だ
のつづき
●これまでのまとめ
━━━━━━━━━━
▼事件の経緯(時系列)▼
2011年
2学期、10年前に殺人事件があった大津市立皇子山中学校で、木村束麿呂(きむら・つかまろ)、山田晃也(やまだ・こうや)、小網健智(こあみ・たけさと)の3人が中心となって、本多広樹君を椅子に縛り付けて暴行したり、蜂の死骸を強制的に食べさようとしたり、トイレに連れて行ってボコボコにしたり、金品を要求したり、約40万円を恐喝したり、万引きを強要したり、高所やロープで毎日自殺の練習をさせたり、「葬式ごっこ」をしたりしていた。
自殺の練習で、本多君は休み時間などに虐めっ子3人に囲まれ、窓を背にして立ち、窓枠を両手で持った状態で、外へ向けて上半身を反り返らせるような姿勢をとらされていた。
担任教師の森山進(保健体育、前任校の滋賀大学附属中ではハングル、韓国学習、韓国修学旅行)は一度「やりすぎんなよ」と笑って言うだけで虐めを止めず、以後一緒に笑って見ているだけだった。
9月26日、被害生徒の本多広樹くんの父親がお金の件について学年主任(岡村)に相談。
9月29日、体育祭のときに、木村束麿呂、山田晃也、小網健智の3人が、本多広樹くんの口に粘着テープをはり、手足を鉢巻きで縛って羽交い締めにしたうえで、殴る。(←2012年7月11日に滋賀県警が家宅捜索の令状を取り、着手!)
また、この時、本多広樹くんがハチの死骸を無理やり口に押し込まれそうになった!
10月5日、トイレでボコボコに暴行。
他の生徒が職員室に先生を呼びに行ったが、森山進は長時間動かなかった。
(2012年7月14日の会見で校長の藤本一夫は「担任が駆けつけ、話を聞いて【けんか】だと判断した」と虚偽発言)
虐められた本多広樹くんは、担任の森山進には泣きながら電話をしていた(アンケートの記名回答)。
本多君の双子のお姉ちゃんが、校長先生や他の先生に泣きついて『弟がいじめられてる』と訴えたが、校長や他の先生も何もしなかった
10月8日、山田晃也と小網健智が、本多君の自宅に押し掛け、本多君に部屋の外で数を数えて待つように言い、室内を荒らし、財布や時計を持ち去る強盗を働く。
![10月8日、山田晃也と小網健智が、本多君の自宅に押し掛け、本多君に部屋の外で数を数えて待つように言い、室内を荒らし、財布や時計を持ち去る強盗を働く]()
10月9日、本多君が父親に「学校休みたい」と話す。(読売)
とても熱心で生徒からも慕われていた生活指導のベテラン教師が森山進と一緒に本多君宅を訪問。
10月10日、山田晃也は、この日に本多君から「死にます」と電話があったと話している。(本多君は携帯を持っていなかったが祖母の携帯を借りて使っていた)
10月11日朝8:20前、本多広樹くん(当時13歳)が自宅マンションから転落し死亡。
![そして転落した中学生の自宅マンションと学校の位置関係。なんとマンションと学校の距離はわずか直線距離で100mしかない。]()
死亡した生徒はあお向けで死亡していた。
また、遺書も無かった。
![(あお向けに倒れた状態で発見)のソース]()
さらに、14階から飛び降りたら頭蓋粉砕で脳は飛散し顔面は大きく破損するはずなのに、「遺体は傷もなくて、きれいだった」。
マンション最上階の14階の通路に本多君のスポーツバッグが残されており、手すりには乗り越えたとみられる跡が残っていたが、これから自殺しようと14階に上るのに、スポーツバッグを持って上るのは不自然。
にもかかわらず、なぜか警察は飛び降り自殺として処理。
事件当日、犯人たちは、本多君の転落直後に現場に居たとの情報あり!
その理由は「(「死にます」とのメールを受けていたから)死体を捜していた」というもの。(後に市教委学校教育課の饗庭治之は「『死にます』のメールは事実ではないと確認した」と発表)
![饗庭治之「『死にます』のメールは事実ではないと確認した」]()
現在、山田晃也は、前日の10月10日に本多君から「死にます」と電話があったと話している。
10月11日午前中、藤本一夫校長は、廊下を見回りし、自殺のことを話してた生徒の首根っこを掴んで廊下に引きずり出し、「やめとけ。そんな話して広めるな」と怒る。
放課後のホームルームで担任の森山進が本多君の死亡を話すと、皆が泣く中、木村束麿呂と山田晃也だけは見つめ合ってニコニコしながら「ホンマ死んだんやなぁ」と笑い、帰りの会が終わった後、教室の後ろ貼ってあるクラスの集合写真の本多君の顔に「死んだやん」と笑いながら画鋲を突き刺す。
事件の3日後くらい、犯人たちは「指とか落ちてるんちゃう」とか言って、現場まで見に行った。
事件直後、藤本一夫校長は、保護者会の役員に「自殺は家庭の問題。親の責任」「自殺した生徒の親が公にしないでほしい、保護者会で取り上げないでほしいと言っている」と報告し、問題を片付けようとした。
しかし、生徒や保護者から「話が違うんじゃ?」との声が高まり、学校側は第一回目の記名アンケートを実施。
アンケートの結果、家庭の問題ではなく、虐めの問題と判明。
【アンケートの主な回答】
(本多くんが受けていたイジメ)
・「自殺の練習」(16人)
・「金品の要求」 (13人)
(実際に数十万円を支払わされた)
・「万引きの強要」 (15人)
・「助けを求められた教員も一緒に笑って見ていた」 (15人)
・「トイレでの暴行」 (29人)
![大津・中2自殺:いじめ情報、見逃されたシグナル 調査わずか3週間 市教委に批判1800件]()
【アンケートの回答】
(少数回答を含む)
![大津市いじめ殺人事件の再検証]()
10月24日、アンケートの結果について、学校側が、自殺した生徒の父親に口外しないよう誓約書を書かせる。
![アンケート内容を口外しないよう求めた確約書=千葉紀和撮影(一部画像を加工しています)]()
11月1日、アンケート調査に関する保護者説明会が行われ、480名以上の保護者が参加。木村束麿呂の父母が本田君の父親に「うちの子は悪くない!私だっていろいろ知ってるんやで」などと逆切れ!
11月2日、大津市教育委員会は調査結果の一部を公表したが、【自殺の練習】をさせていた事は隠蔽。
大津市教育委員会は【自殺の練習】について虐めた加害生徒に確認もせず、「いじめと自殺の因果関係を判断できない」として僅か3週間で調査を打ち切った!
大津市教育委員会は2回目のアンケート調査を行ったが、2回目のアンケートも公表しなかった。
![市教委と学校側の主な“隠蔽”行為]()
2011年10月~12月、死亡した生徒の親は3回も滋賀県警大津署に被害届を出したが全て受理を拒否される。
11月、虐め加害者の一人だった山田晃也は名前を「さだ晃也」に改め、京都宇治市広野中学校に転校。
(晃也は転校先でも、リンチ傷害事件を起こす)
12月2日、主犯の木村束麿呂は、京都市立近衛中学校に転校。
12月15日、大津市教育委員会が調査結果を一部発表し虐めについて認めるも、虐めと死亡事件との因果関係は認めず。
2012年
1月23日、越直美(民主党と社民党が推薦)が大津市長選で当選。
2月24日、本多君の父親が市と保護者を提訴し、7720万円の賠償を求める。
3月13日、越直美が皇子山中学校の卒業式に出席し、自身のイジメ体験を語ったが、越直美のウソ泣きの猿芝居は多くの人々に見抜かれていたという。
5月22日、第1回口頭弁論。大津市側は大津地裁に提出した答弁書で「いつ、誰が、どこでいじめを目撃したのか明らかにするように」と遺族に要求。
さらに「いかなる措置を講じれば自殺を回避することができたか」と逆に説明を求める。
7月、両親の聴きこみ調査などで様々な事実が判明。
7月4日、大津市教育委員会がようやく生徒たちから取っていたアンケートの内容などを公表。
自殺した中学2年生は自殺の練習をさせられていた──。各メディアが衝撃的な実態を報じると、加害生徒に加えて、それを隠蔽していた学校側への批判が湧き起こる。
7月6日、フジテレビが加害者たちの実名を流したため、虐めた側の個人情報が次々と判明し、ネットで拡散
![大津いじめ自殺\フジテレビ]()
皇子山中学校の藤本一夫校長は、校内放送で、泣きながら全校生徒に「報道されている事には嘘が含まれていて、【自殺の練習】は隠していたのではなく、もともと嘘だ」と言った上で「変なことしゃべるなよ」と口止めを命令!
大津市長の越直美(民主・社民推薦で嘉田由紀子滋賀県知事系)が、ウソ泣きをしながら再調査する考えを表明。
7月7日、アンケート調査の結果の中で、虐めに関する情報が227件あったことが判明。
7月9日、イジメ情報335件非公開、暴力138件回答。
7月9日、皇子山中学校に「カメラの前で謝罪しろ!」と爆破の脅迫状が届く。
7月10日、前日の脅迫状を警戒し、念のため休校。
7月10日午前、澤村憲次教育長ら大津市教委が緊急会見を開き、昨年10月のアンケートの他に、昨年11月に2回目アンケートも公表しなかったことを説明。
大津市教委が文科省への報告をしていなかったことが判明。文科省が直接調査を示唆。
7月10日夜、大津市の越直美市長は、市役所で報道陣の取材に応じ、自殺の原因について「いじめがあったから亡くなったと思っている。(いじめと自殺の)因果関係があると思って調査する」と述べ、遺族が市などを相手取った訴訟で和解する意向を示す。
7月11日19:30、滋賀県警が前年9月29日の皇子山中学校の体育祭での木村束麿呂、山田晃也、小網健智の3人による本多広樹くんへの暴行容疑で大津市立皇子山中学校や大津市教育委員会に家宅捜索!校長や市教委から事情聴取!
7月12日、警察庁、「大津警察署」の対応を調査
7月12日、大津市の澤村憲次教育長は前日までの発言を変更し初めて「自殺の要因の一つにいじめがあると思う」と述べたが、一方で「学校内のいじめではなく、家庭内に問題があったのではないか?」との見解も発表。
7月12日、文科省が職員派遣検討 市長から要請
7月12日、死亡生徒が通った中学校が保護者に説明会(担任の森山進は欠席)。保護者から「あなた方は滋賀県の恥だ!」などと怒りの声が噴出したが、澤村教育長は「保護者の声を要約すると『期待するので先生頑張って』だった」と述べた。
7月13日、50人いる全ての教師は生徒へのいじめを認識していなかったはずだが、大津いじめ自殺:体育祭での暴行、女性教諭が目撃し注意していたことが判明。
7月14日、滋賀県警、恐喝や強要でも捜査へ 捜査員を全署から招集して増員(新聞記事)
7月15日、中2、40万円工面、3カ月前から貯金などで 『恐喝や強盗容疑の可能性も含めて捜査する方針』(新聞記事)
7月17日、第2回口頭弁論。3少年全員が「遊びであり、いじめではなかった」といじめ否認
7月18日、本多君の父親が、加害者とされる同級生らを暴行容疑などで大津署に刑事告訴。
7月20日、同級だった女子生徒が自殺練習について初めて具体的な目撃証言!
「3階の廊下で休み時間などに(本多君は)同級生3人に囲まれ、窓を背にして立ち、窓枠を両手で持った状態で、外へ向けて上半身を反り返らせるような姿勢をとらされていた」
━━━━━━━━━━
2学期、10年前に殺人事件があった大津市立皇子山中学校で、木村束麿呂(きむら・つかまろ)、山田晃也(やまだ・こうや)、小網健智(こあみ・たけさと)の3人が中心となって、本多広樹君を椅子に縛り付けて暴行したり、蜂の死骸を強制的に食べさようとしたり、トイレに連れて行ってボコボコにしたり、金品を要求したり、約40万円を恐喝したり、万引きを強要したり、高所やロープで毎日自殺の練習をさせたり、「葬式ごっこ」をしたりしていた。
自殺の練習で、本多君は休み時間などに虐めっ子3人に囲まれ、窓を背にして立ち、窓枠を両手で持った状態で、外へ向けて上半身を反り返らせるような姿勢をとらされていた。
担任教師の森山進(保健体育、前任校の滋賀大学附属中ではハングル、韓国学習、韓国修学旅行)は一度「やりすぎんなよ」と笑って言うだけで虐めを止めず、以後一緒に笑って見ているだけだった。
9月26日、被害生徒の本多広樹くんの父親がお金の件について学年主任(岡村)に相談。
9月29日、体育祭のときに、木村束麿呂、山田晃也、小網健智の3人が、本多広樹くんの口に粘着テープをはり、手足を鉢巻きで縛って羽交い締めにしたうえで、殴る。(←2012年7月11日に滋賀県警が家宅捜索の令状を取り、着手!)
また、この時、本多広樹くんがハチの死骸を無理やり口に押し込まれそうになった!
10月5日、トイレでボコボコに暴行。
他の生徒が職員室に先生を呼びに行ったが、森山進は長時間動かなかった。
(2012年7月14日の会見で校長の藤本一夫は「担任が駆けつけ、話を聞いて【けんか】だと判断した」と虚偽発言)
虐められた本多広樹くんは、担任の森山進には泣きながら電話をしていた(アンケートの記名回答)。
本多君の双子のお姉ちゃんが、校長先生や他の先生に泣きついて『弟がいじめられてる』と訴えたが、校長や他の先生も何もしなかった
10月8日、山田晃也と小網健智が、本多君の自宅に押し掛け、本多君に部屋の外で数を数えて待つように言い、室内を荒らし、財布や時計を持ち去る強盗を働く。

10月9日、本多君が父親に「学校休みたい」と話す。(読売)
とても熱心で生徒からも慕われていた生活指導のベテラン教師が森山進と一緒に本多君宅を訪問。
10月10日、山田晃也は、この日に本多君から「死にます」と電話があったと話している。(本多君は携帯を持っていなかったが祖母の携帯を借りて使っていた)
10月11日朝8:20前、本多広樹くん(当時13歳)が自宅マンションから転落し死亡。

死亡した生徒はあお向けで死亡していた。
また、遺書も無かった。

さらに、14階から飛び降りたら頭蓋粉砕で脳は飛散し顔面は大きく破損するはずなのに、「遺体は傷もなくて、きれいだった」。
マンション最上階の14階の通路に本多君のスポーツバッグが残されており、手すりには乗り越えたとみられる跡が残っていたが、これから自殺しようと14階に上るのに、スポーツバッグを持って上るのは不自然。
にもかかわらず、なぜか警察は飛び降り自殺として処理。
事件当日、犯人たちは、本多君の転落直後に現場に居たとの情報あり!
その理由は「(「死にます」とのメールを受けていたから)死体を捜していた」というもの。(後に市教委学校教育課の饗庭治之は「『死にます』のメールは事実ではないと確認した」と発表)

現在、山田晃也は、前日の10月10日に本多君から「死にます」と電話があったと話している。
10月11日午前中、藤本一夫校長は、廊下を見回りし、自殺のことを話してた生徒の首根っこを掴んで廊下に引きずり出し、「やめとけ。そんな話して広めるな」と怒る。
放課後のホームルームで担任の森山進が本多君の死亡を話すと、皆が泣く中、木村束麿呂と山田晃也だけは見つめ合ってニコニコしながら「ホンマ死んだんやなぁ」と笑い、帰りの会が終わった後、教室の後ろ貼ってあるクラスの集合写真の本多君の顔に「死んだやん」と笑いながら画鋲を突き刺す。
事件の3日後くらい、犯人たちは「指とか落ちてるんちゃう」とか言って、現場まで見に行った。
事件直後、藤本一夫校長は、保護者会の役員に「自殺は家庭の問題。親の責任」「自殺した生徒の親が公にしないでほしい、保護者会で取り上げないでほしいと言っている」と報告し、問題を片付けようとした。
しかし、生徒や保護者から「話が違うんじゃ?」との声が高まり、学校側は第一回目の記名アンケートを実施。
アンケートの結果、家庭の問題ではなく、虐めの問題と判明。
【アンケートの主な回答】
(本多くんが受けていたイジメ)
・「自殺の練習」(16人)
・「金品の要求」 (13人)
(実際に数十万円を支払わされた)
・「万引きの強要」 (15人)
・「助けを求められた教員も一緒に笑って見ていた」 (15人)
・「トイレでの暴行」 (29人)

【アンケートの回答】
(少数回答を含む)

10月24日、アンケートの結果について、学校側が、自殺した生徒の父親に口外しないよう誓約書を書かせる。

11月1日、アンケート調査に関する保護者説明会が行われ、480名以上の保護者が参加。木村束麿呂の父母が本田君の父親に「うちの子は悪くない!私だっていろいろ知ってるんやで」などと逆切れ!
11月2日、大津市教育委員会は調査結果の一部を公表したが、【自殺の練習】をさせていた事は隠蔽。
大津市教育委員会は【自殺の練習】について虐めた加害生徒に確認もせず、「いじめと自殺の因果関係を判断できない」として僅か3週間で調査を打ち切った!
大津市教育委員会は2回目のアンケート調査を行ったが、2回目のアンケートも公表しなかった。

2011年10月~12月、死亡した生徒の親は3回も滋賀県警大津署に被害届を出したが全て受理を拒否される。
11月、虐め加害者の一人だった山田晃也は名前を「さだ晃也」に改め、京都宇治市広野中学校に転校。
(晃也は転校先でも、リンチ傷害事件を起こす)
12月2日、主犯の木村束麿呂は、京都市立近衛中学校に転校。
12月15日、大津市教育委員会が調査結果を一部発表し虐めについて認めるも、虐めと死亡事件との因果関係は認めず。
2012年
1月23日、越直美(民主党と社民党が推薦)が大津市長選で当選。
2月24日、本多君の父親が市と保護者を提訴し、7720万円の賠償を求める。
3月13日、越直美が皇子山中学校の卒業式に出席し、自身のイジメ体験を語ったが、越直美のウソ泣きの猿芝居は多くの人々に見抜かれていたという。
5月22日、第1回口頭弁論。大津市側は大津地裁に提出した答弁書で「いつ、誰が、どこでいじめを目撃したのか明らかにするように」と遺族に要求。
さらに「いかなる措置を講じれば自殺を回避することができたか」と逆に説明を求める。
7月、両親の聴きこみ調査などで様々な事実が判明。
7月4日、大津市教育委員会がようやく生徒たちから取っていたアンケートの内容などを公表。
自殺した中学2年生は自殺の練習をさせられていた──。各メディアが衝撃的な実態を報じると、加害生徒に加えて、それを隠蔽していた学校側への批判が湧き起こる。
7月6日、フジテレビが加害者たちの実名を流したため、虐めた側の個人情報が次々と判明し、ネットで拡散

皇子山中学校の藤本一夫校長は、校内放送で、泣きながら全校生徒に「報道されている事には嘘が含まれていて、【自殺の練習】は隠していたのではなく、もともと嘘だ」と言った上で「変なことしゃべるなよ」と口止めを命令!
大津市長の越直美(民主・社民推薦で嘉田由紀子滋賀県知事系)が、ウソ泣きをしながら再調査する考えを表明。
7月7日、アンケート調査の結果の中で、虐めに関する情報が227件あったことが判明。
7月9日、イジメ情報335件非公開、暴力138件回答。
7月9日、皇子山中学校に「カメラの前で謝罪しろ!」と爆破の脅迫状が届く。
7月10日、前日の脅迫状を警戒し、念のため休校。
7月10日午前、澤村憲次教育長ら大津市教委が緊急会見を開き、昨年10月のアンケートの他に、昨年11月に2回目アンケートも公表しなかったことを説明。
大津市教委が文科省への報告をしていなかったことが判明。文科省が直接調査を示唆。
7月10日夜、大津市の越直美市長は、市役所で報道陣の取材に応じ、自殺の原因について「いじめがあったから亡くなったと思っている。(いじめと自殺の)因果関係があると思って調査する」と述べ、遺族が市などを相手取った訴訟で和解する意向を示す。
7月11日19:30、滋賀県警が前年9月29日の皇子山中学校の体育祭での木村束麿呂、山田晃也、小網健智の3人による本多広樹くんへの暴行容疑で大津市立皇子山中学校や大津市教育委員会に家宅捜索!校長や市教委から事情聴取!
7月12日、警察庁、「大津警察署」の対応を調査
7月12日、大津市の澤村憲次教育長は前日までの発言を変更し初めて「自殺の要因の一つにいじめがあると思う」と述べたが、一方で「学校内のいじめではなく、家庭内に問題があったのではないか?」との見解も発表。
7月12日、文科省が職員派遣検討 市長から要請
7月12日、死亡生徒が通った中学校が保護者に説明会(担任の森山進は欠席)。保護者から「あなた方は滋賀県の恥だ!」などと怒りの声が噴出したが、澤村教育長は「保護者の声を要約すると『期待するので先生頑張って』だった」と述べた。
7月13日、50人いる全ての教師は生徒へのいじめを認識していなかったはずだが、大津いじめ自殺:体育祭での暴行、女性教諭が目撃し注意していたことが判明。
7月14日、滋賀県警、恐喝や強要でも捜査へ 捜査員を全署から招集して増員(新聞記事)
7月15日、中2、40万円工面、3カ月前から貯金などで 『恐喝や強盗容疑の可能性も含めて捜査する方針』(新聞記事)
7月17日、第2回口頭弁論。3少年全員が「遊びであり、いじめではなかった」といじめ否認
7月18日、本多君の父親が、加害者とされる同級生らを暴行容疑などで大津署に刑事告訴。
7月20日、同級だった女子生徒が自殺練習について初めて具体的な目撃証言!
「3階の廊下で休み時間などに(本多君は)同級生3人に囲まれ、窓を背にして立ち、窓枠を両手で持った状態で、外へ向けて上半身を反り返らせるような姿勢をとらされていた」
━━━━━━━━━━
この記事は、FC2ブログ「正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現」のコピーです。
ランキングのクリックや、コメント、トラックバックなどは、FC2ブログ「正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現」にお願い致します。
ランキングのクリックや、コメント、トラックバックなどは、FC2ブログ「正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現」にお願い致します。
FC2ブログへのコメントの際には、コメント欄の「名前」にはお名前を、「URL」部分にご自身のブログのURLアドレスを入力するようお願い申し上げます。